失われたロープウェイ - Ropeway Archives
廃止索道
雫石ゴンドラ - 失われたロープウェイ

雫石第1ゴンドラ

雫石スキー場 - 失われたロープウェイ
雫石スキー場と第1ゴンドラ -プリンス スノーリゾート07-08より

スキーワールドカップ・冬季五輪と並んで、競技スキーの最高峰である、アルペンスキー世界選手権。欧州・北米の名ピステが名を連ねる歴代開催地リストの中に「Morioka Shizukuishi JPN 1993」 の文字が記されています。

岩手県雫石町の雫石スキー場は、同じ岩手の安比高原スキー場とともに、北東北を代表するビッグ・ゲレンデとして全国的に知られるスキー場で、10-11シーズンに、開業30周年を迎えました。

雫石第1ゴンドラは、スキー場開業の4年後の84-85シーズンに運行を開始した自動循環式の索道で、メインゲレンデ側の高倉山(標高:1409m)山頂近くまでの路線延長3531mは、スキー場のゴンドラでは当時国内最長。高低差849mは現在でも日本記録。

雫石第一ゴンドラ
雫石第1ゴンドラ(2003年撮影)

当初は「雫石ゴンドラ」と呼ばれていましたが、ワールドカップ、世界アルペンを控えた89-90シーズンに、ゲレンデ拡張のため、隣接する小高倉山に第2ゴンドラが完成、以降は第1ゴンドラと呼ばれました。

雫石スキー場は、東北新幹線の盛岡開業(1982年)と、東北自動車道/盛岡ICの供用開始(1979年)に向けての観光開発に積極的だった当時の岩手県からの誘致要請を受けた西武(コクド)が、苗場・富良野に続くゾーン開発によって完成させた大型スキー場で、開業は1980年(昭和55年)。

のちにJOC(日本オリンピック委員会)会長、SAJ会長、日本体育協会理事などを歴任する、当時の西武グループ総帥:堤義明は、スキー場、ゴルフ場、ホテルを含むリゾート開発(万座ロープウェイを参照)を進める一方で、国内におけるウインタースポーツの振興にも力を入れていました。



96-97シーズンのゲレンデMAP。右下から中央の山頂に向かう緑のラインが第1ゴンドラ。-画像にマウスオーバーで、現在のマップに入れ替わります-

1980年代後半から、90年代初頭のバブル期、国内は空前のスキーブーム。西武の経営するスキー場は1989年(昭和63年)の時点で28ヶ所を数え、そのほとんどが黒字だったといいます。過疎化に悩む雪国の自治体では、スキー場経営は町を活性化させ、経済利益をもたらすと考え、大型スキー場建設の構想と、実現に向けての西武誘致の動きが各地で持ち上がります。

当時、堤は時代の寵児であり、誘致に成功した秋田県のあるスキー場では、堤が現地視察のため町を訪れた際、役場に「歓迎・堤義明社長」の横断幕を掲げ、町民総出で出迎えた*注1と云われています。



アルペン競技全対応の本格スキー場:雫石を擁する盛岡市は、1986年(昭和61年)に、12年後の1998年に開催予定の冬季オリンピックの招致委員会を発足、開催候補地として長野市、旭川市、山形市とともに名乗りを上げます。
1993世界アルペン雫石大会ポスター

当時、長野市と並ぶ有力候補地といわれていた盛岡ですが、2年後の1988年6月1日、JOC総会でオリンピックの国内候補地は長野市に決ります。

しかし、その10日後にトルコ・イスタンブールでおこなわれたFIS総会で、今度は盛岡の雫石が、初エントリーでアジアでは初となる、世界アルペン単独開催地に選出され、雫石は世界の注目を集めます。

1993年2月3日から2月14日まで開催された世界選手権大会は、トップシーズンにも係わらず、異常気象による悪天候に見舞われ、競技のスケジュール変更が相次ぐ苦しい条件下での開催となりましたが、大会運営は整然と行なわれ、スキー界のマラドーナ(?)、アルベルト・トンバ*注2 をはじめ、国内では滅多に観ることが出来ないワールドカップクラスの選手の滑りをひと目見ようと12日間で延べ27万人*注3の観客が雫石を訪れたと記録されています。

雫石では世界アルペン以降も、国内の主要競技大会が開催されていますが、第1ゴンドラは施設の老朽化によって、07-08シーズンをもって運行を停止。現在は第2ゴンドラが「雫石ゴンドラ」となって
活躍中*注5です。


訪問記】 2011年2月

雫石は97年から2003年まで、ほぼ毎年訪れたお気に入りのスキー場のひとつ。8年ぶりに訪れましたが、やはり雫石は良い!

雫石を代表するコースである2つのダウンヒルコースのうち、世界アルペンで男子DHがおこなわれた高倉山のメンズダウンヒルコースは、第1ゴンドラの廃止に伴い、コース上部約400mの短縮がおこなわれて、現在はコース長約4.5kmの「ダウンヒルコース」となっています。


第1ゴンドラの山麓駅は、改装がおこなわれて休憩所・事務所として使用中。ちなみに、世界アルペンのフィニッシュ地点と観客席は、山麓駅後方の広場(見返り台地)に造られたそうです。


山頂駅は、コース短縮によって、コース外になってしまったので未確認。山頂駅を降りたところから山頂までのJバーは、2005年頃に廃止されたようです。
山麓駅跡は事務所・休憩所として利用中現在の第一ゴンドラ山麓駅舎




山頂駅方向400mはコース外に

国内のウインタースポーツ人口は頭打ち状態が続いており、雫石でも最盛期には16本あった索道の一部休止やゲレンデの統廃合・ゲレンデ内のレストハウスの一部休業などがおこなわれていました。

その一方で、新たな取り組みとして岩手県のスキー場全体で、韓国・オーストラリアなど海外からのスキー・スノーボード客の受け入れ強化が始まっているそうです。

特に、現在スキーブームの韓国では、雪質が良くスキーヤー・スノーボーダーのレベルが高い日本のスキー場が人気で、韓国への定期便がある秋田空港からのアクセスが良い雫石では、英語・ハングル両表記の看板が設置されていました。

西武が一挙に10ヶ所のスキー場の廃止・売却を発表した2007年(平成19年)の時点で、既に「あのころ」は人々にとって、遥か遠い記憶でした。空前のブームが去って20年、今注目のスノーレジャー再興プロジェクト「雪マジ!19」*注4には雫石をはじめ、全国のスキー場が続々と参加を表明しているとのこと。

そろそろ本格的なスノー復権があっても、ストーリー的(?)にはおかしくない時期だけに、期待しつつ、動向を注視したいところです。


現在のダウンヒルコース滑り出し。正面は百名山の岩手山。


廃線ロープウェイ
名称 雫石第1ゴンドラ
事業者 潟Rクドプリンスホテル
所在地 岩手県岩手郡
開業 1984年12月17日 
廃止 2008年3月30日(運行停止) 
索道の方式 単線自動循環式
傾斜差 3531m
高低差 849m
支柱(基) N/A
搬器の種類・数 N/A 
最大乗車人数 6人

*注1 参考:「堤義明-原宿からのメッセージ」 1990年。
*2011年現在、西武(プリンスホテル)経営のスキー場は国内10ヶ所。

*注2 
旗門不通過で失格(男子SL)。'93雫石世界アルペンでのトンバの滑りはこちら

*注3 
参考:「雪 ふれあい 感動 -Super Snow Sensation」1993年

*注4 
19歳の入場者はリフト券無料という、じゃらん(リクルート)主催のプロジェクト。若者をスキー場に呼び込むことにより、一過性のスノー再興ではなく将来的な定着を目指すとされる。公式ページ

*注5 (2012年12月追記)
2012-2013シーズンの雫石ゴンドラ(旧・雫石第2ゴンドラ)・アルペンコース(旧・レディースダウンヒルコース)の休止が発表された。


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