失われたロープウェイ - Ropeway Archives

索道について

さて、早いもので、当サイトも5周年を迎えました。いつも読んでくれる皆さん、ありがとうございます。今後とも「失われたロープウェイ」を、ご贔屓に。

このコーナーでは、主に「現役の施設内にかつて存在した普通索道」や現役路線の旧線(搬器のみの交換は含まない)など、本編で取り上げる範囲から外れる索道廃線を紹介しています。

 塩原東京ホテルロープウェイ(仮称)

塩原東京ホテルロープウェイ
塩原東京ホテルロープウェイ。左の滝が七弦の滝。-昭和30年代の絵葉書「塩原の風光」- 

北関東屈指の温泉地として知られる、栃木県の塩原温泉。塩原のランドマークとして、その偉容を誇る「ホテルニュー塩原」は関東では90年代まで盛んにテレビCMを流しており、特に同ホテルの東西館連絡通路「虹の架け橋」は、印象に残っている人も多いことでしょう。

今回の索道は、同ホテルが「塩原東京ホテル」と名乗っていた創業期に、温泉街を流れる箒川(ほうきがわ)を挟んで当時の本館(旧・東館、現・湯仙峡)と新館(現・西館)を結んでいた延長約70mの宿泊者専用の小型ロープウェイです。尚、この索道は、件の「虹の架け橋」の前身にあたります。


塩原東京ホテルは、東京で機械関係の会社を経営していた創業者が1952年に塩原温泉に開業したホテルで、ロープウェイは川の対岸に新館が完成した1957年(昭和32年)に運行を開始。索道のすぐ横には、塩原の名瀑「七弦の滝」があるため、ロープウェイには本館・新館の連絡と観瀑の要素を兼ねていました。

このロープウェイは「評判はとったが、採算面では疑問だった*注1」ということで1965年(昭和40年)本館を「東館」へと改築した際に運行を終了。同年、ホテルは名称を「ホテルニュー塩原」と改称します。

後の1972年(昭和47年)には新館があった場所に、館内にボウリング場・ハワイアンステージ等を備えた「娯楽の殿堂」である西館がオープン。同ホテルは収容人数1200名*注2の塩原温泉最大のホテルとなり、ロープウェイが架かっていた位置には西館地下1階と東館4階を結ぶ空中回廊、通称「虹のかけ橋」が建設されました。


【参考資料】
商工ジャーナル 商工中金経済研究所 1993/11
月刊ホテル旅館 柴田書店 1969/12
財界ふくしま 財界21 1974



ホテルニュー塩原は何度か利用していますが、利用者から見たホテルの接客は今もむかしも好印象。

しかし、1960年代から90年代にかけて隆盛を極めた同ホテルも2000年代後半には、バブル期の過剰投資による金融債務が増大。2010年から、新たな運営会社*注3の元で経営の合理化・稼働率の確保・スタッフの意識改革により再建を目指す様子が、テレビ東京の日経スペシャル・ガイアの夜明け」でも特集されました。

大江戸温泉物語 ホテルニュー塩原
ホテルニュー塩原全景。 正面が西館・右のベージュの建物が湯仙峡。両者を結ぶグリーンの橋のような構造物が連絡通路。

現在のニュー塩原は西館が本館となりますが、ロープウェイが運行していた時代は、旧道に面した温泉施設・湯仙峡(旧・東館)側が本館でした。

通常、施設内移動用の索道には、単走式が採用される場合が多いですが、トップの絵葉書の写真(手彩色なので絵に見える)の索条の本数から、このロープウェイは小型ながら搬器2台の交走式だったようです。

さて問題の連絡通路ですが、以前から私には、ここにはかつて索道か、ケーブルカーのような物が架けられていたのではないか、という漠とした予感がありました。

何故なら、この連絡通路には、和歌山県の南紀勝浦温泉「ホテル浦島」で利用した、同ホテルの本館と山上の入浴施設を接続している長いエスカレーター*注4と、よく似た印象があったからです。


ホテル浦島のエスカレーターが、1976年まで単走式のケーブルカー*注5だったことは、比較的知られています。

ホテルニュー塩原 虹のかけ橋ロープウェイは、この位置に架かっていた。

ホテルニュー塩原 ホテル浦島
左:ホテルニュー塩原・連絡通路内部。右:ホテル浦島・エスカレーター内部。

ちなみにホテル浦島もホテルニュー塩原同様、レジャーブームだった昭和30年代の開業。ロープウェイやケーブルカーのアミューズメント要素の部分が注目されていた時代の宿泊施設で、ひとつの島(半島)がまるごとホテル、最大収容人数2200名という超巨大ホテルです。

現在のホテルニュー塩原には、10年前の利用時までは通路の入り口にあったアーチや、その後も館内を歩くと目に留まった「虹のかけ橋」の表示は無く、案内板には単に「連絡通路」と表記されています。通路の内装も落ち着いたものに変更され、名残といえば、通路外壁と西館エレベーター内に残る文字だけでしょうか。確かに「渡り廊下」に、このネーミングは大袈裟だと思うし、ましてロープウェイで移動する距離でもないです。

しかし、「夢」が「合理」に勝っていた時代、塩原には「虹のかけ橋」が、或いはロープウェイが架かる「虹のホテル」が、確かに存在したわけです。

今回、ホテル近くのスキー場(ハンタマ)で、半被姿のホテルニュー塩原のスタッフが、「スキー場利用者限定、その場で宿泊手続きをすると一泊二食付7800円」という、超お得クーポンを配っていました。

この日はいわゆる休前日の土曜日。おまけにかなりの降雪で、西那須野塩原ICまでの道路はアイスバーン状態。誰しも日帰りが億劫になる状況の中、この企画は「当たり」だったようで、目の前で宿泊手続きをするスキー客もいました。スタッフに聞いてみると、まだ正式なプランではなく、リサーチを兼ねて実験的におこなっているキャンペーンとのこと。

おぉ、まったり温泉地で「実験的」なる言葉が聞けるとは。やっぱり私は「夢」より、こういう「合理」の方が好きだな。


七弦の滝
旧道から望むホテルニュー塩原と七弦の滝(中央)。右端の建物が1991年完成のB&H館。


名称 塩原東京ホテルロープウェイ
事業者 渇膜エ東京ホテル
所在地 栃木県那須塩原市
開業 1957年
廃止(運行終了) 1965年(運行停止)
索道の方式 三線交走式
水平長 70m
高低差 N/A
搬器の種類・数 箱型 2
支柱(基) なし
最大乗車人数 N/A

*注1
参考:月刊ホテル旅館 1969年11月号

*注2
1991年には西館の隣にB&H館がオープン、最大収容1400名となる。

*注3
大江戸温泉物語梶B2010年からは「大江戸温泉物語ホテルニュー塩原」となった。

*注4 
全長:154m、傾斜角:30度。

*注5 
紀伊勝浦ケーブルカー(浦島温泉ケーブルカー)。

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