失われたロープウェイ

奥多摩湖ロープウェイ
  
奥多摩湖ロープウェイ
湖上を往く「くもとり号」の勇姿。左端に川野のバスターミナルが見える。(カメラ/中村明弘氏)
東京都と山梨県にまたがる奥多摩湖は、多摩川の流れを堰き止めて造られた「小河内ダム」によってできた人造湖。

都民の貴重な水源であると同時に、豊かな自然が残る首都圏の行楽地として親しまれています。




摩湖ロープウェイは、ダム完成から5年後の1962年(昭和37年)に開業した民営の索道で、現在の奥多摩湖レストセンター近くの川野駅から対岸の旧奥多摩有料道路料金所付近の三頭山口駅までの湖面上600mを、約6分で結んでいました。

この索道は開業から4年後の1966年に運行を停止してから、40年以上が経過している現在でも駅舎や支柱、さらには索条や搬器までもが放置されたまま。

運行時代のキャッチコピーは「日本に唯一つ・湖上を渡るロイ」で、湖の北側の峰谷には、同じ事業者によってヘルスセンター(小河内温泉ヘルスセンター)が併設され、新宿駅西口・渋谷駅前・立川駅前から定期バスが運行していました。

当時は、深山橋を経由して奥多摩湖の南北両岸を結ぶ三頭橋(1969年完成)がまだ無かったため、湖の北岸から南岸に渡る方法は小河内神社下の馬頭付近・深山橋西側の陣屋付近の2箇所に架けられていた浮き橋(ドラム缶橋)と、この索道に限られていました。

1967年発行のガイドブックには、浮き橋利用の場合、馬頭→南岸→陣屋は約1時間半かかるが、ゴンドラ利用の場合は20分足らずで着くと書いてあるので、三頭橋が完成するまでは交通機関としてもそれなりに機能していたようです。

当時、湖の南岸には何も無かったので、利用者は単にゴンドラで湖上を往復して景観を楽しむ観光客やヘルスセンター客が中心でしたが、一方で奥多摩三山の最高峰である三頭山(みとうさん:標高1528m)登山者の利用も見込まれていたようです。

現在の三頭山は「檜原都民の森」の整備によって、都民の森駐車場から約3時間程度で山頂まで往復でき、気軽に山歩きが楽しめる山として休日には家族連れのハイカーなどで賑わっていますが、この時代の三頭山への北面からの登山ルートは往復約5時間半かかる下記の2つコースが一般的でした。

奥多摩湖ロープウェイ地図当時の奥多摩湖案内図

@氷川駅(現・JR奥多摩駅)でバスに乗り、小河内神社前バス停で下車。馬頭の浮き橋で対岸に渡り、イヨ山からヌカザス尾根を通って山頂を目指すルート。

A深山橋バス停で下車。対岸までは陣屋の浮き橋で渡り、ムロクボ尾根登山口に取りついて、ヌカザス尾根を抜けて山頂に至るルート。

そこで、小河内神社前バス停の2つ先の川野バス停(現・西東京バス中奥多摩湖バス停)で下車し、対岸までゴンドラで渡り、三頭山口駅からムロクボ尾根の登山道に合流する、という利用方法が考えられていたようです。
三頭山 しかし、登山者の場合は歩くこと自体も目的のひとつ。

浮き橋よりもロイ(しかもわずか600m)の方を有難がるとはちょっと考えられないし、かと言って往復5時間半、標高差約1000mの山歩きというのは、物見遊山で湖を訪れた一般の観光客を「引かせる」のに充分な行程だっただろうと想像され、実際に登山用途として上手く機能していたかどうかは不明です。
山と渓谷社アルパインガイド「奥多摩」 1961 より

1956年(昭和31年)、槇有恒隊長の率いる日本の登山隊によるヒマラヤのマナスル高峰(標高:8156m)初登頂成功の快挙により、昭和30年代は国内に空前の登山ブームが訪れ、「三人寄れば山岳会」といわたほどだったといいます。 そんな時代背景も、この索道の開業に影響していたのかも知れません。


訪問記】 
2003年7月/2007年11月

川野駅跡では何かの撮影がおこなわれている様子。改札横の駅員室は臨時ヘアメーク室となっていました(笑)。



川野駅跡  

対岸の三頭山口駅跡へは、上記のムロクボ尾根登山口からいったん尾根道に出て接近しましたが、川野駅とは打って変わり、ゴンドラ発着所(下の写真)は不気味な静寂に支配されていました。

駅舎の裏手には、蛇行しながら駅跡の真上の尾根の登山道へと続く道跡が微かに残っていました。

しかし、長年の落葉の堆積や土砂崩れによって途中で道筋が消滅しているので後半は周囲に生えている木を手掛かりにしながら、斜面をよじ登って尾根道に戻りましたが、一見手掛かりになりそうな木でも、一帯には立ち枯れているものが多いのでこの駅跡へは近づかない方がいいです(10m以上滑落する場合があります)。

また、周遊道路から駅跡へ通じる階段(道路管理用で索道の運行時代には無かったと思われる*注1)が旧料金所近くの目立つ場所にありますが、この階段は途中で崩れていて、足を滑らせると5〜6m下の、かなり車の往来の激しい周遊道路にダイレクトに転落することになるので大変危険。運良くケガ程度で済んだとしても、このあたりは最寄りの病院まで2時間もかかるそうですから・・。

尚、峰谷にあったヘルスセンターの建物は完全に撤去され、現在、跡地は峰谷川渓流釣場として整備されており、シーズン中は釣り客で賑わっています。



索道データ
名称 奥多摩湖ロープウェイ
事業者 小河内観光開発 - 奥多摩湖観光
所在地 東京都西多摩郡奥多摩町
山頂駅名称 三頭山口
山麓駅名称 川野
開業 1962年1月29日
廃止 2007年 
索道の方式 3線交走式
水平長 621m
傾斜長 622m
高低差 1m
支索の最急勾配 9.5°
支柱(基) 2
搬器の種類・数 箱型 2
搬器の名称 みとう/くもとり
最大乗車人数 36人
施工 日本ケーブル

*注1
現在奥多摩周遊道路(旧奥多摩有料道路:1973年供用開始)が通っている奥多摩湖南岸には、当時湖岸に沿って幅1.5mの管理路があっただけで、索道が運行中だった昭和40年発行の地形図には三頭山口駅のある笹畑地区には駅舎と登山道以外何も描かれていない。
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