| 高知の海の玄関口である浦戸湾を望む五台山(ごだいさん:標高146m)は、その山容が仏教の聖地である唐の五台山に似ているとして名付けられたと伝わる小高い山で、山頂からの360度の展望は、桂浜や高知城と並ぶ高知の観光名所として知られています。1969年(昭和44年)に開業した五台山ロープモノレールは、山麓駅にあたる青柳橋近くの青柳停留所から国分川を超え、五台山山頂の見国停留所までの約992mを4分で結ぶ、世界でも例の少ない自走式の索道でした。 ロープモノレールのメカニズムは搬器に動力(ディーゼルエンジン)を搭載し、油圧駆動装置で走行器の車輪を動かしてワイヤーロープ上を自走するという斬新なもので、1963年から東京索道鰍ノより研究・実験試作が進められていました。特に交通機関としての安全性については細心の注意が払われた設計になっており、多くの新技術が採用され、製品化に向けて多数の技術特許が国内および海外(米国、英国、フランス、イタリア、スイス)で取得されました。 「月刊土木技術」 昭和43年6月号掲載の「高知市五台山ロープモノレールの実施計画とその技術的考察」という資料によると、ロープモノレールには急速なモータリゼーションの発達による道路の開削・整備の遅れや、鉄道の敷設の困難さに起因する交通渋滞や将来的な交通飽和の解決策としての、従来の平面上(2次元)の輸送から空間輸送へと視点を移した「3次元的交通機関」という先進的なコンセプト*注1が掲げられており、架設においても地形の制約を受けず、用地取得も鉄道と比べて比較的容易である点などがメリットとして強調されています。 |
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| 尤も、近年ようやく中量輸送の新交通システムとしての位置づけが定着してきたモノレールも、当時一般には「未来の乗り物」という漠然としたイメージだけで捉えられがちでした。 例として挙げた5つのモノレール路線のうち現役の路線は、浜松町⇔羽田空港間の旅客輸送という明確な位置づけで開業した東京モノレールだけ*注3であるように、当時の空間移動型の交通システムは主にレジャー関連施設などへのアクセス用途として架設され、本来の交通機関としての能力に関しては未知数のまま終りを迎えたものが多いように感じます。 五台山ロープモノレールの場合も、架設された場所は市街地の中の観光スポットで、当時の観光案内などを見る限り、普通の観光ロープウェイと変わらない扱いだったようです。また、案内書によって名称が「五台山モノレール」だったり「五台山ロープウェイ」だったりと、開発者・事業者・利用者のそれぞれの「ロープモノレール」に対する捉え方に温度差のようなものが感じられます。 当初は盛業だったロープモノレールも1970年代に入って山頂への道路が整備されると利用者が減少し、1978年ついに休止します。急速なモータリゼーションの発達が引起こす交通飽和社会への解答だったはずのロープモノレールは、その自動車によって休止に追い込まれるという皮肉な結末に終わってしまったようです。 |
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| 【訪問記】 2008年4月 私たちが訪れた時、山頂の五台山公園ではちょうど「五台山花絵巻」というイベントが開催されていて、公園内には色とりどりの花が美しく咲き競い、家族連れやカップルで賑わっていました。 展望台のある「五台山展望サービスセンター」は、ロープモノレールの運行停止後に、山頂駅だった美国停留所の建物を一部改修して昭和59年にオープンしたもので、駅舎時代の面影をよく残しています。 |
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| 右上の写真の、屋上から突き出した円形の展望スペースは、ロープモノレールのコンクリ製ワイヤーロープ巻付け躯体の基礎を再利用した物です。 |
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| サービスセンターの建物は斜面に建っているため、2階部分が入口で、当時入口すぐのところにあった待合室と1階の乗り場は、展望スペースとしてリニューアルされています。また、ロープモノレール乗り場は場内レールの形状などから、自動循環式索道の発着所に近い感じだったことが当時の写真から窺えます。 | ロープモノレール乗り場跡。 (写真にマウスを載せると別角度に替わります。) |
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| 青柳橋の若松町側、現在のタクシー営業所付近にあった山麓駅(青柳停留所)は、今は完全に撤去され、巨大な船のように一部を国分川に乗り出す形で建てられていた駅舎の存在を偲ばせるものは何もありません。右の写真の五台山山頂方向に向かって青柳橋に並行するかたちでロープモノレールが運行していました。 | 青柳停留所の跡地付近。 |
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件の資料によると、ロープモノレールの構想として、五台山に続いて岐阜県の恵那峡にも架設する計画があったそうです。恵那峡の何処が予定地だったのか今となっては不明ですが、同じ恵那峡の恵那峡ランドロープウェイ*注4(交走式:1968年開業、 2001年から休止中)の搬器は、五台山ロープモノレールのそれを思わせる球形だったのは偶然の一致でしょうか。 マイカーを手にした庶民が快適な移動の喜びを漫然と享受していた昭和40年代に、早くもその次に来る交通飽和という局面を予測し「3次元的交通機関」という、当時あまりにも「進み過ぎていた」試みを世に問うたロープモノレールが、再評価される時代がいつかやって来るのかも知れません。 |
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*注1 このコンセプトは、現在の「スカイレールサービス」に近いが、スカイレールの場合は 車両に動力を持たない。 *注2 1964年:東山動物園(名古屋市)、東京モノレール 1966年:向ヶ丘遊園地(川崎市)、姫路市営モノレール、横浜ドリームランドモノレール *注3 一度廃止され、遊戯物として復活した東山スカイビュートレインを除く。 *注4 恵那峡ロープウェイの運行中の勇姿は、われらがMovieumでw |